父亡き後の母の財産管理【家族信託】
- 2020年9月20日生前対策
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父亡き後、まとまった金融資産を保有する母の財産管理として、家族信託と任意後見を併用するケースについて解説いたします。
1 この記事を読むと分かること
・高齢な親の財産管理としての家族信託のメリット
・家族信託契約前の家族会議と金融機関打ち合わせ
・家族信託契約書の作成ポイント
・家族信託による受託者(子)による財産管理の方法
・家族信託終了時の帰属権利者
・家族信託の専門家手数料と税金2 事例
今年の1月に夫が77歳で亡くなり、妻の私(72歳)・長男(49歳)・長女(46歳)の3人で遺産分割をして遺産相続手続きをしました。長男も長女も結婚して外で住宅を購入していることもあり、私は自宅をリフォームして一人で暮らしていくことに決めました。
夫の遺産は、自宅の土地建物のほか、株式・投資信託・預貯金など合計4500万円と私を受取人とする終身保険500万円です。
私は高齢な自分が自宅を相続しても私の相続のときに再度、名義変更(相続登記)しなければならないため、長男を信頼して土地はすべて長男に相続させることにしました。
建物については、私のお金を使ってリフォームしたいため、(リフォームの際の贈与税の煩雑さ避けるために)私が相続することとし、預貯金や株式・投資信託も私が相続することとしました。
私は、夫から相続した分を含めると5000万円ほどの預貯金等の金融資産があります。今後リフォームや、子や孫への暦年贈与をする予定ではありますが、自分の将来のための貯えも必要です。
私が不安なのは、これまで自分の両親や夫の両親を看取ってきて、高齢で判断能力が減退したときのお金の管理です。最近はとくに、国や大企業の名前を出しての電話や迷惑メール、訪問販売などが多く、歳を重ねるにつれ、こういった強引な営業や悪質商法などの詐欺行為に対して適切に対応できるか不安です。
認知症になったときのために後見制度があるということは知っているのですが、使いにくく後悔しているという経験談をよく聞きます。
私としては、長男に財産管理を任せ、ある程度柔軟に管理・処分してもらいたいと考えています。私が元気な内に出来る対策はないでしょうか。
3 家族信託のメリット(法定後見・任意後見との比較)
事例のケースでは、夫を亡くして一人暮らしとなるお母様が、将来の判断能力の低下に備えて、財産の管理を長男に任せたいというものです。お母様は、後見制度については、あまり良い印象を持っておらず、出来るだけ、家族内の信頼関係で、今まで自分がしてきた管理方法と同様な、従前と変わらない柔軟な財産管理をしてもらいたいとの希望です。
そこで、現在ある制度としての、法定後見、任意後見、家族信託について簡単にご説明するとともに、お母様の希望を叶えるためには、主要な財産を家族信託するとともに、将来の介護サービス等の手続に備えて任意後見契約を締結するメリットについて解説いたします。
3-1 法定後見
事が起こってから(認知症になってから)対処するのが、法定後見です。
法定後見は、認知症により預貯金の引き出し等が不可能になった段階で、家庭裁判所に後見人を選任してもらい、お母様の財産管理と身上監護を任せる制度です。
財産管理とは、通帳や不動産の管理のことです。後見人が、お母様の財産管理の代理人となり、お母様には日用品の購入等の権限が残されます。万一、お母様が一人でいるときに詐欺・悪質商法の被害にあったときは、後見人が契約を取り消すことができます。
後見人の財産管理の難点は、運用上、お母様の財産は、事実上最低限の維持管理しか認められなくなり、毎月の生活費も制限される傾向にあることです。
不動産であれば売却や大修繕はあなたの生活維持に不可欠と判断されないと認められませんし、預貯金についても毎月お母様に渡される生活費は必要最小限なものとなります。
こういった運用が、本人と家族の意向に沿ったものであれば問題ないのですが、そうでないケースが多いようです。
一方で、後見人による身上監護とは、お母様に代わって、介護サービス契約、施設入所契約、医療契約等の選定・締結・解除から費用の支払い、履行状況の確認、これらに伴う事実行為等を行うことです。
後見人には家族が就任できるケースもあれば、司法書士等の専門職が選任されるケースもありケースバイケースです。
事例では、お母様は、家族を信じて財産を託し、柔軟に管理してもらいたいとの意向をお持ちです。したがって、法定後見は、財産管理に関しては、今回はお勧めできない対策となります。ただし、身上監護に関しては、家族信託を補う制度となります。
3-2 任意後見
事が起こる前に(認知症になる前に)対策するのが、任意後見です。
任意後見は、お母様が元気な内に、家族等の信頼できる人を後見人予定者として契約を締結し、お母様の判断能力が衰えた時点で、家庭裁判所に申立することによって、後見監督人が選任され、お母様の財産管理と身上監護をスタートさせる制度です。
任意後見人は、お母様の財産管理人となりますが、お母様自身にも財産管理権が残ることが特徴です。このため、お母様は判断能力が低下した後も、後見人のいないところで不必要な高額商品を購入するリスクが残ることとなります。しかも、任意後見人には、法定後見人のような取消権がありません。
事例では、お母様は、判断能力が低下したときに強引な悪質商法等の被害に遭わないことをご希望されています。したがって、任意後見は、財産管理に関しては、悪質商法等の被害に対して脆弱なため、今回はお勧めできない対策となります。ただし、身上監護に関しては、家族信託を補う制度となります。
3-3 家族信託
家族信託は、お母様が元気なうちに、家族等の信頼できる人を受託者として、お母様の主要な財産を信託し(受託者に名義変更し)、受託者(子)が不動産やお金などの信託財産を管理し、信託契約で決めた目的(従前と変わらぬ安心・安全な生活等)に従って、受託者が財産を管理する制度です。
家族信託の特徴は、お母様の主要な財産を受託者(子)名義にしたうえで、生活費等の受益権をお母様に帰属させる契約です。
主要な財産について悪質商法等の被害にあう可能性がなくなる点、契約で信託財産の管理処分を決められるため家族の希望を反映した柔軟な財産管理が可能になる点が特徴です。
ただし、家族信託は財産管理に特化した制度なので、身上監護が必要な場合は、法定後見か任意後見を併用する必要があります。
事例では、お母様は、家族による柔軟な財産管理と悪質商法等による被害を予防することを希望されており、家族信託が対策として最適と考えられます。ただし、将来の介護サービス等の手続きなどの身上監護については、任意後見又は法定後見で補う必要があります。
以下では、高齢な親の財産管理としての家族信託について解説していきます。
4 家族会議と金融機関打ち合わせ
4-1 家族会議の重要性
家族信託を進めるうえで欠かせないのが専門家を交えた家族会議です。
家族会議は、比較的新しい制度であるうえに、実際の運用は、受託者である長男が担うこととなります。
受託者である長男の信託事務への理解を深めるためにも、また他の兄弟姉妹からの不信感を解消するためにも、専門家を交えて何度も家族会議を重ね、家族信託契約書を完全に理解したうえで進めるのが理想です。
家族信託には様々なパターンがありますが、高齢な親の財産管理を目的とした家族信託であれば、それほど難解ではありません。難解ではありませんが、誤解や勘違いが解消する程度まで理解いただき、細部を詰め、家族の希望通りの家族信託契約書を作成する必要があります。
4-2 金融機関との事前調整
家族信託においては、信託財産である金銭を、信託口座で分別管理する必要があります。
信託口座に対応している金融機関は限られており、また、契約書の内容によっては、信託口座を開設できないといった事態になります。
家族信託契約書は、公正証書にする前の段階で金融機関に事前確認し、確実に口座開設できるようにしておきましょう。
4-3 公証役場との事前調整
家族信託契約書は、公正証書にすることは要件とはなっていません。
しかし、その契約の重要性からして公正証書にしておくべきでしょう。
金融機関によっては、信託口座開設の条件として、家族信託契約書を公正証書で作成することを求められることもあります。5 高齢な親の財産管理としての家族信託契約書の作成ポイント
5-1 概要
家族信託は、目的に応じて様々な設計が可能です。
今回のお母様は、次のような目的をお持ちです。
①悪質商法等の被害を予防するために財産管理を長男に託したい
②管理方法は従前自分がしてきたのと同様な柔軟な管理をしてほしいそこで今回は、お母様を委託者(託す人)、長男を受託者(託される人)、お母様を受益者(生活費や収益を受け取る人)とした家族信託を設計することとなります。
5-2 「信託目的」は明確に
家族信託の設計において最も重要と言えるのが「信託目的」といえます。
お母様が預貯金や建物を長男に信託すると、預貯金や建物の名義は、「委託者母受託者長男」というように、長男名義となります。
お母様の財産が信託財産として受託者(長男)名義になることにより、悪質商法等の被害が予防でき、長男による柔軟な財産管理が可能となるのですが、一方で、何でもかんでも長男の自由に財産の管理処分ができてしまうと危険です。
そこで、受託者である長男の権限を、「信託目的」に適合する範囲に限定することによって、身内による恣意的な財産管理を可及的に予防するのです。
「信託目的」は、受託者である長男にとっては財産管理の指針となり、取引相手や信託監督人・受益者代理人にとっては、長男の行為が受託者の権限の範囲内か否かの判断基準となるのです。
条項例
(信託目的)
第○条 本信託は、委託者の主な財産を受託者が管理又は処分することにより、委託者の財産管理の負担を軽減し、委託者が悪質商法等の被害に遭うことを予防するなど委託者の経済的安全を確保するとともに、委託者が従前と変わらぬ経済的生活ができるよう生活費等を支給することを目的とする。5-3 「信託財産」は主要な財産とする
お母様の目的である、経済的安全や従前と変わらぬ経済的生活を実現するためには、主要な財産を信託する必要があります。
一方で、家族信託は一定の目的を実現するために財産を信託する制度ですから全財産を信託することは想定されていないといえます。
従って、お母様は、主要な金銭とリフォームする自宅建物を信託財産とするのが良いでしょう。
条項例
(信託財産としての金銭)
第〇条 委託者は、本信託契約締結後、遅滞なく、信託財産目録記載の預金を払い戻し、当該払戻金を受託者に引き渡す。
2 受託者は、前項の払戻金を第○条の区分に応じ分別管理する。
(信託財産としての不動産)
第○条 信託目録記載の不動産の所有権は、本信託開始日に、受託者に移転する。
2 委託者及び受託者は、本契約後直ちに、前項の不動産について本信託を原因とする所有権移転登記及び信託登記を同時申請する。
3 前項の登記費用は、受託者が信託財産から支出する。5-4 「受託者」を誰にするか
家族信託における受託者は、信託法上の規制により専門家等がなることはできません。
お母様は、長男に財産を託したいと希望されていますので、長男を受託者にします。
また可能性は低いですが、万一長男が先に亡くなった場合に備えて、予備的に長女等を後継受託者にしておくと確実でしょう。
条項例
(受託者)
第○条 本信託の受託者は、次の通りとする。
住所
氏名
生年月日なお、受託者の信託事務と分別管理事務の条項例も補足的に掲載します。
(受託者の信託事務)
第○条 受託者は、次の信託事務を行う。
①信託財産目録記載の信託不動産を管理し、必要に応じて処分又は賃貸すること。
②前号によって受領した賃料を、信託不動産の管理費用として支出すること。
③前各号によって受領した売却代金及び賃料を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるため支出すること。
④信託財産に属する金銭及び預金を管理し、受益者の生活費、医療費及び介護費用等に充てるため支出すること。
⑤その他信託目的を達成するために必要な事務を行うこと。
(分別管理義務)
第○条 受託者は、信託財産に属する金銭及び預金と受託者の固有財産とを、次の各号に定める方法により、分別して管理しなければならない。
①金銭 信託財産に属する財産と受託者の固有財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法
②預金 信託財産に属する預金専用の口座を開設する方法5-5 「任意後見人」を誰にするか
家族信託における受託者と任意後見契約における任意後見人は、前者の管理対象が信託財産、後者の対象財産がその他の財産というように、区分されているため、役割が重複することは理論上は無いともいえます。しかし、受託者と任意後見人の役割を併せ持つと、混乱の元となるため、可能な限り別の人に任せるのが良いでしょう。
5-6 「受益者」は委託者である親本人
5-7 委託者の地位は相続させない
家族信託契約は、契約締結段階では、委託者・受託者・受益者の3当事者の関係が成り立ちますが、契約発効後は、基本的に受託者と受益者の2当事者間の関係に移行します。
したがって、委託者の地位を相続させる必要性は乏しく、権利関係の錯綜を避けるためにも、委託者の地位は相続人に承継させないとします。
条項例
(委託者の地位の不承継)
第○条 委託者が死亡した場合、委託者の権利は消滅し、相続人に承継されない。5-8 信託の終了事由は受益者の死亡とし、帰属権利者を指定する
お母様の財産管理が信託目的であるので、受益者であるお母様の死亡をもって信託終了とします。
また、信託終了時の帰属権利者は、ここでは長男とします。
条項例
(信託の終了事由)
第○条 本信託は、受益者の死亡により終了する。
(帰属権利者)
第○条 本信託の帰属権利者として、長男を指定する。6 家族信託の専門家手数料と税金
6-1 相続税と贈与税
家族信託に起因する税金は、主に相続税と贈与税があります。
基本的な考え方としては次の通りです。○受益権が、受益者の死亡を原因として、無対価で移動
→受益者の遺産の額が基礎控除額を超えているときに限って相続税の申告納税が必要○受益権が、受益者の死亡以外を原因として、無対価で移動
→暦年贈与又は相続時精算課税の区分に応じて贈与税の課税の有無を判断事例では、次の通りとなります。
○家族信託契約時は、受益権の移動はないので無税
○家族信託終了時は、お母様の遺産の額が4200万円を超えているときは相続税課税
6-2 専門家報酬
家族信託は、完全オーダーメイドであり、家族の理解を得るための説明、金融機関との調整など、個別性が高く時間がかかる法務サービスのため、専門家報酬も比較的高めとなっています。
必ず事前見積をとったうえで、納得できる内容か、任意後見、法定後見、生前贈与、遺言書に対してどういうメリットがあるのかご確認のうえ、ご納得してから進めるようにしてください。
7 まとめ
・高齢な親の財産管理のためには家族信託は使いやすくお勧め
・家族信託は専門家によく相談して家族全員の了解を得てから進める
・家族信託契約書の作成ポイントは「信託目的」「受託者の信託事務の範囲」「帰属権利者」
・家族信託契約前には必ず金融機関にて信託口座開設の可否を確認する以上、家族信託にご興味のある方は、ご家族揃ってご相談させていただければ幸いです。