〈2022 年解決事例〉
(※プライバシーへの配慮から編集を施しております)
相談内容
先日母が亡くなりました。
父はすでに他界しており、母の相続人は姉と私の二人です。
私は数年前に定年退職し、現在、年金暮らしです。
姉は、生後間もなく知的に障害が発生し、長年、障害者福祉施設で暮らしています。
姉には相続のために遺産分割協議をする判断能力がなく、成年後見人の選任が必要と知り相談に伺いました。


姉のお金の管理は、数年来私がしており、成年後見人には、弟の私が就任したいと考えています。
成年後見の申立と相続の手続をお願いします。
今回のポイントは、次の2点です。
- 親族後見人である弟が成年後見人に就任できるか?
- 遺産分割協議書でどのように法定相続分を調整・確保するか?
成年後見を利用すべきかの方針決定
前提として、本人に障がい等があり判断能力が不足するからといって、ただちに成年後見を申し立てなければならないわけではありません。
社会生活上支障がないならそれで良いという、いわゆるグレーゾーンがあります。
成年後見はいったん開始すると、本人が死亡するまで止めることができず、また希望通りに親族が後見人に選任されるとも限らないため、申し立てる前に本当に必要かどうか見極める必要があります。
その上で、本人の判断能力の不足により成年後見を利用すべき典型的なケースは、次の4つです。
今回の事例は主に③に該当します。
一口に障がいと言っても判断能力のレベルは個人差があり濃淡様々です。
今回は弟である相談者様の目からして、長女様は明確に判断能力に欠け、本人による印鑑登録も不可能とのことでしたので、見通しをお伝えしたうえで、成年後見の方向で手続を進めることとなりました。
成年後見人候補者の決定
成年後見の利用が決定したら、最初に決めるのは後見人候補者です。
今回は、親族であり姉の将来の唯一の相続人でもある弟が後見人候補者となりました。
では、今回の弟は姉の後見人として家庭裁判所に認められるのでしょうか?
冒頭に記載した一つ目のポイントです。
親族後見人である弟が成年後見人に就任できるか?
親族が後見人に選任されるためには、おおむね次の3つの基準が考慮されます。
対象となる方が所有している金融資産が高額になるほど、親族後見人による横領等のリスクが増大するために基準が設けられています。
今回は、相続財産を含めても金融資産は1000万円未満のため、問題なくクリアしそうです。
また、将来相続人の間で金銭トラブル等が発生する可能性が高い場合は、中立的な専門職後見人が適任といえます。
今回は姉の相続人は弟である相談者様(またはその子)一人のため、仲たがいの可能性は低いでしょう。
いままでの弟の金銭管理も不明な使途が一切ないため、問題なくクリアするでしょう。
そして、候補者が高齢であったり、大きな健康不安があると、財産管理人として不適任と判断される傾向にあります。
ご相談者様は姉と3歳違いで60代後半です。健康不安もないので許容範囲といえるでしょう。

以上三点を考慮し、今回は相談者様が成年後見人に就任できる可能性が高いと判断できます
資料集め
成年後見人の申し立てに際しては、資料集めも重要です。
段取りよく手配することがポイントです。
戸籍や住民票など色々とありますが、ここでは重要なものをピックアップします。
- 医師の診断書
- 福祉職員による本人情報シート
- 最初に集めるべき資料は、医師の診断書と福祉職員による本人情報シートです。
家庭裁判所の書式をダウンロードして、主治医と担当福祉職員に渡して記入してもらいます。姉本人の状況を専門家が記載した書類であり、非常に重要な資料といえます。
- 最初に集めるべき資料は、医師の診断書と福祉職員による本人情報シートです。
- 収支表
- 本人の通帳をもとに毎月の収支を一覧にします。
現金引出に対応する明細がないと、確認や家庭裁判所への説明に苦労することとなります。
- 本人の通帳をもとに毎月の収支を一覧にします。
- 本人の財産目録
- 基本的には、通帳・固定資産税の明細を元に確認します。
通帳・郵便物等を手掛かりに、保険・共済・証券口座等がないか確認します。
- 基本的には、通帳・固定資産税の明細を元に確認します。
- 相続財産目録
- 故人の通帳・固定資産税の明細・名寄帳・葬儀費用の明細・医療費明細・年金関連の郵送物・その他、通帳の記載や郵送物から相続財産を調査します。
預貯金口座を把握しきれていない場合は、取引金融機関の支店で、全店調査をします。
- 故人の通帳・固定資産税の明細・名寄帳・葬儀費用の明細・医療費明細・年金関連の郵送物・その他、通帳の記載や郵送物から相続財産を調査します。
- 戸籍等の相続証明書類
- 今回のように相続が関係するときは市役所で相続関係を証する戸籍等を一式集めます。
- 登記されていないことの証明書
- 姉が成年被後見人等として登記されていないことの証明書です。
法務局で取得します。
- 姉が成年被後見人等として登記されていないことの証明書です。
成年後見開始申し立て
資料集めと並行して成年後見開始申立書の記入も進めます。
親族でないと知りえない情報も少なくないので、わかる範囲で記載いただき、司法書士が資料に基づき完成します。
申立書と資料が整ったら、司法書士が家庭裁判所に提出します。
後見人候補者の面談から就任まで
申し立てから 1~2か月ほどで、後見人候補者の家庭裁判所における面談が実施されます。
従前の金銭管理の経過や親族構成、成年後見人としての職務内容、遺産分割内容についての説明を受けます。
後見人候補者の面談には、書類作成人である司法書士も立ち会い、情報を共有しつつ、不足情報を補うなどのサポートをいたします。
遺産分割協議の参加者、特別代理人
本件の場合、親の相続人は姉と弟の二人で、姉の後見人(代理人)は弟です。
親の遺産分割協議の参加者は誰になるでしょうか?
弟が二人分の立場で遺産分割協議をすればよいとも考えられます。
しかしこれでは、弟の意のままの遺産分割協議が成立する状況となります。
このように遺産分割において後見人の立場が「利益相反」しているときは、遺産分割協議のときだけ後見人からバトンタッチを受ける特別代理人の選任をすることになっています。

特別代理人=遺産分割協議のスポット代理人と考えると分かりやすいでしょう。
特別代理人の選任の際には、遺産分割協議書案も一緒に家庭裁判所に提出して、協議内容の審査がなされます。
姉の法定相続分を確保した遺産分割協議
被後見人が当事者である遺産分割協議においては、被後見人の法定相続分を確保する必要があります。
今回の姉の法定相続分は2分の1です。
法定相続分かどうかの計算のもととなる遺産ごとの金額は次のように考えます。
- 預貯金、医療費、葬儀費用などは、残高や請求額で差し支えないでしょう。
- 不動産の金額は、基準が統一している限り、相続税評価額でも、固定資産税評価額でも構いません。
- 相続する不動産のなかにはマイナス資産である「負」動産も少なくありませんが、金額上はプラスの資産として計上します。
以上の要領により遺産の総額を計算し、そのうえで、各遺産をどのように振り分け、代償金をいくらに設定するかを調整します。
冒頭に記載した二つ目のポイントです。
遺産分割協議書でどのように法定相続分を調整・確保するか?
法定相続分の調整・確保に際して必要なことは次の3点です。
今回は、遺産の大半が不動産で、売却の予定も可能性も低い物件ばかりでした。
姉の年間収支はプラスであるうえ預金額にも余裕があるので、今回、預金を取得する必要性は低いと判断しました。
よって、預貯金、医療費、葬儀費用一切を弟が取得・負担しつつ、姉は法定相続分に相当する土地の持分を取得する分割内容で確定しました。
本来であれば、後々のことを考えると不動産の共有は避け、「負」動産として価値がないものとして、弟の単独所有にしたかったのですが、現状は認められない扱いです。
遺産の名義変更(相続登記・預貯金解約)
遺産分割協議が成立した後は、不動産について司法書士が相続登記をし、相続証明書ファイル一式を弟に渡し、預金等の解約を完了し、相続手続が完了しました。
今後は、いままでどおり弟が姉の通帳を管理しつつ、年1回家庭裁判所に報告をしていくこととなります。
概算費用(遺産額800万円/10物件)
項目 | 報酬 | 実費 |
---|---|---|
事前登記事項証明書 | 5,000 | |
登記されていない証明書 | 2,500 | |
不足戸籍代行取得3通 | 7,500 | 1,050 |
法定相続情報 | 10,000 | |
成年後見開始申立 | 120,000 | 3,400 |
家庭裁判所面談サポート | 30,000 | |
特別代理人選任申立 | 30,000 | 800 |
遺産分割協議書 | 25,000 | |
相続登記① | 46,000 | 16,000 |
相続登記② | 42,000 | 15,000 |
事後登記事項証明書 | 5,000 | |
小計 | 313,000 | 46,250 |
消費税 | 31,300 | |
合計請求額 | ¥390,550 |
まとめ
障がいをもつ姉と親の遺産を相続した今回のポイントは、次の2点でした。
- 親族後見人である弟が成年後見人に就任できるか?
- 遺産分割協議書でどのように法定相続分を調整・確保するか?
今回は、本人の預金額、親族構成、従前の管理状況、相続財産の状況からして何事もなく手続きが完了し、今後も問題は少ないと予想される事例でした。
しかし、ご両親が生前に対策を行っていれば、よりよい相続ができたとも言えます。

遺言公正証書があれば、よりスムースで、成年後見も必ずしも必要ではありませんでした。
家族信託をしていれば、不動産を弟に引き継がせつつ、必要に応じて預金の一部を姉のために使ってほしいという親の意思を実現することもできました。
障がいを持つ子をお持ちの方は、将来の相続に備えて次のような対策が必要です。
- きょうだい児(障がいのない兄弟姉妹)を相続で困らせないための遺言公正証書
- きょうだい児の負担を軽減しつつも、障がいのある子の生活に配慮した家族信託

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