〈2021 年解決事例〉
(※プライバシーへの配慮から編集を施しております)
相談内容…高齢の母の財産を生前対策しておきたい
88歳の母親と同居しています。わたしは長男で、他に長女と次女がそれぞれ別の場所で生活しています。
母の財産はわたしと同居中の自宅とアパートの不動産、他に農地と預貯金 10,000,000円です。
母の希望としては、長男のわたしが財産を引き継いでほしいと考えています。
将来長女と次女と揉めないように、母が元気なうちに生前対策をしておきたいです。

母の財産状況
(借地権割合40%、借家権割合30%、賃貸割合100%)
固定資産税評価額 | 【概算】贈与税評価額 | |
---|---|---|
自宅建物 | 7,000,000 | 7,000,000 |
自宅敷地 | 6,000,000 | 8,000,000 |
アパート(築35年、貸家) | 15,000,000 | 10,500,000 |
アパート敷地(貸家建付地) | 40,000,000 | 35,200,000 |
農地 | 50,000 | 1,000,000 |
現貯金 | 10,000,000 | |
合計 | 68,050,000 | 71,700,000 |

母様の財産の85%が、自宅とアパートです
姉と妹の遺留分侵害を承知の上で生前対策をしておいて、姉妹から遺留分の請求があった場合には金銭で支払いたいと考えています
生前対策には主に「遺言」、「家族信託」、「生前贈与」の3つがあります。
それぞれにメリット、デメリットがあり、所有している財産や相続人どうしの関係、かかる費用などを比べた上で、最適な対策を選んでいきます。

生前対策は一つにこだわらず、状況によって複数の対策を組み合わせることも有効です


長女様と二女様の遺留分の確認
遺留分とは、取り分の少ない生前対策をされた法定相続人に保証される最低保証額です。
法定相続人である子には、法定相続分の50%の遺留分が保証されます。
長女と次女の遺留分
長女…71,700,000×1/3×1/2=11,950,000円
二女…71,700,000×1/3×1/2=11,950,000円
相談者様の長男がすべてを相続できるような生前対策を行ったとしても、こちらの遺留分は姉妹へ支払う必要があります。
生前贈与
高齢者にも分かりやすい生前贈与
生前贈与は、お母様が長男様に、土地建物を「あげる」という意思を表示し、長男様が「もらいます」という意思を表示すれば契約が成立します。
このように、生前贈与は家族信託に比べて、高齢なお母様にとっても理解しやすい点がメリットです。
今回は生前に不動産をお母様からご相談者様(長男)へ譲りたいというご希望でしたので、ご自宅とアパートを生前贈与で対策しました。
もう一つの不動産、農地関しては、生前贈与するには農地法の許可が必要となり煩雑なため、「遺言」で対応することとしました。
生前贈与は、親族に対する法的な通知義務がない
また、生前贈与契約はお母様と長男様の二人の間の契約行為で、長女様や二女様に対する法的な通知義務はありません。
よって生前贈与は、遺言に比べて、遺留分を請求されにくいという構造にあります。
生前贈与した時点で当事者が他の相続人に明かさなければ、相続発生時まで生前贈与の事実は伏せておくことができます。
しかし相続発生時に他の相続人が希望した場合、生前贈与した財産も開示が必要になるため、揉め事に発展する場合もあります。
万が一他の相続人と揉め事に発展した場合には、次の民法の規定に従います。
民法1044① 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定(=遺留分算定基礎財産の条文)によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。
民法1044③ 相続人に対する贈与についての第1項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
民法1048条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。
生前贈与は費用が高い
不動産の生前贈与は、登録免許税と不動産取得税の負担が重く、合計約5%が課税されます。事例では合計346万円の税金がかかります。
一方、贈与税、相続税に関しては、親子間の生前贈与であれば相続時精算課税の特例を利用でき、原則的には軽微です。
預貯金に関しては今後お母様が使う可能性があること、また、預貯金を含めて生前贈与すると20%の贈与税を払う必要があり、キャッシュフローが悪くなることを踏まえ、本件では預貯金は生前贈与に含めませんでした。
遺言書
遺言書は、もっとも基本的な生前対策です。
お母様の意思によって、将来の相続の分配方法をお決めいただき、法的形式に沿って遺言書を作成します。
お母様が他界した際には、遺言書に沿って遺産の名義変更をします。
注意すべきは、相続が発生した際に遺言書の内容は法定相続人全員に開示する法的義務があるという点です。
民法1007② 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
被相続人(本件の場合母親)の財産が総額どのくらいだったか、という内容が相続人全員にオープンになるため、比較的遺留分侵害額請求がされやすい構造にあります。
また、今回のように親の財産を兄弟姉妹のうち一人にすべてを譲るとなると、兄弟姉妹間に遺恨が残ることも考えられます。
そのため、あらかじめ代償金を明記しておくことで、残りの相続人が納得しやすい内容となります。
本件では生前贈与に含めなかった残余財産の農地と預貯金一切の相続について、「遺言」での生前対策を採用しました。
「遺言公正証書」を作成し、残余財産の農地と預貯金一切を長男が相続し、長男から長女・二女に対して金融資産額の3分の1ずつの代償金を支払うこととしました。
家族信託を採用した場合
続いて家族信託について考えていきましょう。
今回の事例において、もし家族信託を採用する場合には、親子一代限りの家族信託契約書を設計することになります。次の要領です。
【委託者兼受益者】お母様
【信託財産】自宅・アパート・金銭(信託口口座を開設)
【受託者】長男様。特定委託者と認定されないために信託の変更権限を制限
【帰属権利者】長男様
【信託の終了事由】委託者兼受益者の死亡
【信託の目的】委託者の財産管理の負担軽減、受益者の経済的安定と充実した福祉を確保するための継続的な給付
家族信託の特徴は、遺言や生前贈与に比べて、ご理解の難易度が高いことです。
上記のような一代限りのシンプルな家族信託でも、「委託者」「受益者」「受託者」「帰属権利者」などの聞きなれない用語が並び、88歳のご高齢なお母様にしっかりと理解していただくのは、少々ハードルが高いです。
そのため、今回は家族信託は見送りとなりました。
その他の生前対策
養子縁組
お母様のお気持ちによっては、長男の子や配偶者などと養子縁組をすることも選択肢の一つです。
養子縁組は遺留分対策・相続税対策となる効果があります。
養子縁組の遺留分対策効果
法定相続人が増えることにより、相続人一人当たりの遺留分の額が減少します。
養子縁組の相続税の節税効果
相続税の基礎控除額算定において、非課税枠が、原則として養子1名分、600万円拡大し、相続税の節税につながります。
一時払い終身保険
お母様の健康状態によっては、90歳まで一時払い終身保険により預貯金を死亡保険金に転換することが可能です。
(※詳細は各保険会社のサイトをご確認ください。)
一時払い終身保険の効果も、遺留分対策・相続税対策です。
一時払い終身保険の遺留分対策効果
死亡保険金は、原則として、遺留分算定の基礎財産から除外されるため、遺留分対策となります。
一時払い終身保険の相続税の節税効果
原則として、相続税の基礎控除額算定において、死亡保険金非課税枠が相続人一人当たり500万円拡大するので、相続税の節税につながります。
結論:自宅・アパートの生前贈与と残余財産の遺言を採用
以上を踏まえ、今回は自宅・アポートを生前贈与、残りの財産については遺言で生前対策をしました。
今回は、不動産の生前贈与の費用負担をご理解のうえで、ご自宅とアパートの生前贈与をされたいとのことでしたので、希望通り、贈与契約締結と贈与による所有権移転登記をさせて頂きました。
また、残余財産の農地と預貯金一切については、長男が相続することとし、長男から長女・二女に対して、金融資産額の3分の1ずつの代償金を支払う旨の遺言公正証書を作成しました。
概算費用(財産額7000万円/13物件/推定相続人3名)
項目 | 報酬 | 実費 |
---|---|---|
事前登記情報×13 | 4,303 | |
贈与契約書 | 200 | |
所有権移転登記×12 | 125,000 | 1,360,000 |
登記事項証明書×12 | 6,000 | |
遺言公正証書作成+証人1 | 70,000 | |
公証人手数料 | 30,750 | |
証人2 | 7,000 | |
小計 | 195,000 | 1,408,253 |
消費税 | 19,500 | |
合計請求額 | 1,622,753 | |
※別途、不動産取得税 | 2,100,000 | |
※別途、贈与税 | 7,140,000 | |
※別途、税理士報酬 | 税理士毎 |
まとめ
不動産の生前対策の方向性は、大きく3方向に分かれます。
- 不動産を分散させたくない場合
- 遺言・一代限りの家族信託・生前贈与等により、遺留分を想定のうえで、生前対策する。
- 不動産を分散させて良い場合
- 不動産ごとに取得者を指定し、遺留分を侵害しない生前対策がしやすい。
- 不動産は空き家となるので売却してもよい場合
- 清算型包括遺贈とし、遺言執行者において全財産をお金に換え、相続人に遺言者に意思に沿った割合で分配する。
生前によほど計画的に相続を想定した資産形成された方でなければ、不動産をメインとする生前対策は①類似のケースが多くなります。
生前対策を検討するときは、遺言書を基本に家族の状況、財産状況、将来設計に応じて、家族信託、生前贈与、養子縁組、生命保険を組み合わせてご提案させて頂きます。

当事務所は、
①円満相続については効率よい手続
②疎遠・複雑な相続については出来る限りの対処療法
③資産の凍結を防ぎたい・相続トラブルを予防したいご家族には家族信託・遺言・生前贈与などの生前対策
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