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【相続税と遺留分が払えない!】夫が残した遺言書をあえて使わない相続

【相続税と遺留分が払えない!】夫が残した遺言書をあえて使わない相続 相続

〈2022 年解決事例〉
(※プライバシーへの配慮から編集を施しております)

相談内容…公正証書遺言があるのに、納税費用が足りない

2週間前に70歳の夫が他界しました。相続手続を進めたいと思います。
夫には自宅・預貯金の他に、生前地主・大家として賃料収入を得ていたアパート・市街化区域の畑などの遺産があります。

夫とわたしの間には長女と次女がおり、長女の夫を養子にしています。
また、夫とは再婚で、夫と前妻の間には幼少期に離別している長男がいるため、相続人は長男を含めて5名です。

夫は亡くなる半年ほど前に、妻のわたしや娘たちが相続で困ることが無いように、遺言公正証書を作成していました。
今後の相続手続をどのように進めていけばよいでしょうか?

相続関係図 夫の遺産は約9000万円、相続税はどうなる?

亡くなったご主人は離婚歴があることなどから、奥様やお子様が自分の死後に困らないように「遺言公正証書」を残してくれていました。

遺言公正証書(概要)

  • 自宅土地、預貯金、建更、葬儀費用、医療費(計2608万円相当)を妻へ相続する
  • アパート・畑(計3640万円相当)を長女へ相続する
  • 畑(1200万円相当)を次女へ相続する
  • 前妻との子である長男、及び養子に迎えた長女の夫への遺産相続はなし


通常であれば、遺言公正証書の通りに遺産相続を行い、スムーズに事が終わるのですが、今回は故人の遺産が相続税基礎控除額 6000 万円を超えるため相続税の申告が必要です。

この遺言通り相続を行うと長女と次女は、現金の相続がないのにも関わらず、相当額の相続税を納める必要があり、納税資金が不足してしまいました。

また、長女は長男(前妻の子)から遺留分を請求される可能性もあり、これまた現金が不足してしまいます。

遺言公正証書通りに進めるとご家族に不利な状況になることが判明しました。
この様な場合どう進めていくのがよいでしょうか?
状況判断も含めて、以下詳しく解説いたします。

戸籍集め

相続手続で最初に進めるのが、戸籍集め=相続人調査です。
最寄りの市役所本庁舎で故人の出生から亡くなるまでの連続した全ての戸籍と戸籍の附票(ふひょう)を取得します。

出生から亡くなるまでの連続した全ての戸籍→故人の子を確認
戸籍の附票→故人の住所を確認

故人の出生から死亡までの全戸籍により、故人には前妻の子1名、後妻の子2名がいることが判明します。
子については戸籍謄本と戸籍の附票を取り寄せます。

以上により、故人の相続人の住所氏名、法定相続分、遺留分が分かります。

相続人法定相続分遺留分
前妻の子(長男)12.5%6.3%
妻(後妻)50%25%
後妻の子(長女)12.5%6.3%
後妻の子(二女)12.5%6.3%
養子(長女の夫)12.5%6.3%
100%50%

法定相続分
遺産分割で主張できる権利の基準
◆遺留分
遺言等により遺産取り分が少なくなる相続人が1年以内に主張できる最低保証額

遺産調査

遺産調査も、戸籍集めと同様に、最初に取り掛かる手続きです。

【表】遺産調査・集める遺産の資料

遺産の種類集める遺産の資料
土地・建物4月に郵送されている固定資産税の納付書又は 市役所税務課で取得できる名寄帳又は固定資産評価証明書
アパート関連の償却資産等確定申告書 市役所税務課で取得できる償却資産評価調書
預貯金、アパートローン通帳、残高証明書
農協の建物更生共済農協で残高証明書
医療費レシート、領収書
葬儀費用請求書等の明細

遺産目録の作成と相続税の概算

遺産調査の結果、遺産の概算が次の通りであることが分かります。

【表】遺産の総額(概算)(単位:万円)

内容固定資産評価額相続税評価額
(特例適用前)
相続税評価額
(特例適用後)
自宅土地500㎡ ※特定居住用宅地330㎡まで80%減13001500708
貸家建付地1700㎡ ※貸付事業用宅地200㎡まで50%減800074807040
貸家900㎡800049004900
償却資産
700700
アパートローン
-10000-10000
畑(市街化区域)80010001000
畑(市街化区域)100012001200
預貯金債権
15001500
建物更生共済
700700
葬儀費用・医療費
-200-200

87807548
基礎控除額
-6000-6000
課税遺産総額
27801548

遺産調査の結果、夫の遺産の相続税評価額(特例適用前)は概算で8780万円となりました。
相続税基礎控除額6000万円を超えるため相続税の申告が必要であることが判明します。

相続税基礎控除額:3000 万円+600 万円×法定相続人 5 名=6000 万円

 今後、税理士と連携して、相続税法上の遺産の調査・評価・相続税の算定・申告書作成についてご担当頂くこととなります。
また、生前に賃料収入もありますので、4カ月以内の準確定申告も依頼します。

次に、概算の相続税額を把握します。

次表の通り、相続税の総額は概算154.8万円で、これを実際の取得額に応じて相続人ごとに負担することとなります。


【表】相続税の総額(概算)(単位:万円)

法定相続分課税遺産額相続税総額具体的な相続税額
配偶者50.0%77477.4法定相続分又は 1.6億円まで非課税
長男12.5%193.519.35154.8万円×取得%
長女12.5%193.519.35154.8万円×取得%
養子12.5%193.519.35154.8万円×取得%
二女12.5%193.519.35154.8万円×取得%
100%1548154.8

遺言により相続した場合→納税資金等が不足

今回は、遺言書があるため、遺言書により遺産相続した場合の相続税額を検討します。次表の通りです。

【表】遺言により相続した場合の具体的相続税額(概算)(単位:万円)

遺言に記載された遺産割合具体的な相続税額
配偶者自宅土地、預貯金、建更、 葬儀費用、医療費270836%0
長男(前妻の子)
00%0
長女アパート・畑364048%75
養子(長女の夫)
00%0
二女120016%25

表の通り長女と次女は、遺言により受け取る預金がなく、相続税75万円と25万円を自分の財布から支出することとなります。

また、長女は故人の前妻の子(長女の異母兄)に遺留分に相当するお金(600~700万円)を支払うことになる可能性があります。

前妻の子(異母兄)の遺留分=遺産の時価×6.3%=600~700 万円

税理士と相談の結果、前妻の子に手紙を出し、遺言を使わずに、前妻の子の協力を得て、遺産分割する方法を検討することになりました。

ただし、結果的に前妻の子の協力を得られなかった場合は、遺言を使って相続手続をすることになります。

  • 前妻の子との協議が成功
    • 遺言を使わず遺産分割、代償金について協議
  • 前妻の子との協議が破談
    • 遺言により相続手続、遺留分を支払う長女・二女の納税資金等の支払いについては、妻(母)から借りる

長男(前妻の子)へ手紙を出し、遺産分割を検討

遺言で相続手続をするにせよ、相続人全員の遺産分割で相続手続するにせよ、長男には相続の事実を通知する法的義務があります。

  • 遺言による相続手続→遺留分請求の機会を与えるため、遺産と遺言の内容を通知する
  • 遺産分割による相続手続→遺産分割協議のため、遺産の内容と希望する分割内容を確認する

長女から長男への手紙を司法書士が代書し、次のことをお伝えし、回答を待ちます。

  • お父様がお亡くなりになられたこと
  • 遺産相続手続が必要であること
  • 遺言の内容
  • 税務上の観点からご協力頂き遺産分割したいこと
  • 法定相続分と遺留分の額
  • ご協力が得られた場合に支払う代償金額は 500 万円

3週間後に手紙と電話でご連絡を頂き、次の通りご回答頂きました。

  • 遺産分割の申し出自体は快諾する。
  • 母(故人の前妻)から父の存在自体は聞いており、父のお墓参りをさせて頂きたい。

以上の通り、前妻の子からの協力が得られ、今後、税理士と調整のうえ、遺産分割することとなります。

4カ月以内に準確定申告

被相続人(故人)には、賃料収入(不動産所得)がありますので、相続日から4カ月以内に準確定申告をします。
依頼先は、毎年確定申告を依頼している税理士となります。

どのように遺産分割すべきか?相続人の希望と2次相続を踏まえた損得

準確定申告を終え、税理士による相続財産の調査・評価が完了した段階で、具体的な遺産分割の内容を調整していきます。

今回の相続税のことだけを考えると、前妻の子への代償金 500 万円を除いた全財産を妻に相続させた方がよさそうに思えます。配偶者は 1 億6000 円までの遺産取得額については非課税となるからです。

しかし、奥様が亡くなられたときの相続税(2次相続の相続税)のことまで考えると、1次相続の段階で、長女と二女にある程度の遺産を分割しておくことが望ましいことになります。

2 次相続の相続税基礎控除額:3000 万円+600 万円×法定相続人 3名=4800 万円
・・・1 次相続の基礎控除額 6000 万円より少ない

今回は、市街化区域の畑が2区画あり、1区画ずつ長女と二女に分配し、合わせて納税資金用に50万円ずつの代償金を分配することとしました。

遺産分割協議の成立・署名押印

司法書士が以上の内容を遺産分割協議書として作成し、前妻の子に郵送・返送頂いたあとに、その他の相続人に署名押印いただきます。
全員の署名押印が完了した時点で、遺産分割協議が成立し、遺産の帰属が法的に確定します。

遺産の名義変更、代償金の支払い

遺産分割協議書に基づき、次の通り遺産の名義変更をします。

  1. 土地建物につき相続登記(名義変更、2週間)
  2. 預貯金につき故人名義の口座を解約し、妻名義の口座に入金(1週間)
  3. 妻から長男・長女・二女に代償金の振込
  4. 建物更生共済(積立式の火災保険)は妻名義に名義変更(1週間)
  5. アパートローンは銀行と協力しローンの承継手続き(数か月)

相続税の申告納税

相続日から10カ月以内に、相続税の申告を行い、相続税を納税。以上で、相続手続の完了です。

概算費用

項目報酬実費
事前登記情報×12
3,972
戸籍代行取得8通20,0003,900
固定資産評価証明書2,500600
償却資産評価調書2,500300
残高証明書×37,5003,960
相関図・法定相続情報10,000
相続通知作成送達代行30,000
遺産分割協議書92,800
相続登記①208,000652,000
相続登記②44,00032,000
相続登記③46,00040,000
事後登記情報×12
3,972
根抵当権変更登記①20,0003,000
根抵当権変更登記②20,0003,000
登記事項証明書×3
1,500
小計503,300748,204
消費税50,330
合計請求額¥1,301,834

まとめ

今回は故人が残した遺言書を使わないという特殊な事例をご紹介しましたが、相続の専門家として「遺言書の作成は終活の最優先事項」という点は変わりません。

遺言書は必ずしも完璧ではないため、結果的に遺言書を使用しませんでしたが、遺言書を残して頂いていたこと自体は幸いでした。

遺言書の存在により、故人の遺産分けの意思が明確となり、遺族も感情的に納得しやすくなります。
また、万一遺産分けで揉めてしまったとしても、揉め事の規模を法定相続分の半分の範囲(遺留分)にとどめることが出来ます。
自分の家族が揉めることはないと思い込んでいても、揉めるきっかけはいくらでもあるのが遺産相続です。

遺言書は、まず書いてみることこそが重要ですが、専門家に依頼するとより有益なアドバイスが得られますので、ぜひ活用してください。

遺言書作成のチェックポイント

①遺留分の想定

遺言書を書く際には、遺留分を想定することが望ましいです。
遺産の大半を特定の相続人に引き継がせたい場合でも、万一、遺留分を請求されたときに備えて、預金や生命保険などをセットで取得させる配慮が必要です。

よくある間違いが、遺産の大半を同居の長男や長女に取得させる代わりに、別居の二男・二女などを受取人とする終身保険契約をすることです。

気持ちはわかりますが、生命保険金は遺産分割や遺留分の対象外であるため、二男や二女は保険金を受け取っても、保険金は除外して相続分や遺留分を請求出来てしまします。

相続対策として終身保険契約をするときには、受取人として主たる遺産を引き継がせたい相続人を指定することがポイントです。

②相続税(納税資金・2次相続)を想定

相続でやりがちなのが、「とりあえず全部母(故人の妻)に相続させる」という相続対策や遺産分割です。
これをしてしまうと、次に母の相続が発生した際の財産が高額となり、相続税が割高となる可能性があります。また、父の相続と同じ手続きを母の相続でも行うため、手間も費用も2回分かかるためとても勿体ないです。

とりあえず母に全部という選択をするとしても専門家に相談のうえで判断すべきでしょう。

③ローンの承継者を記載

遺産はプラスの財産だけではなく、アパートローンなどの負債もあります。遺言書では負債を負担する相続人についても明記しておくべきでしょう。

最終的には銀行等の債権者の同意が必要となりますが、遺言書に負債の負担者を適切に記載しておくことで、手続の手間を省けることがあります。

④アパートなどの収益物件は家族信託がお勧め

アパートなどの収益物件は、生前対策から遺産承継対策までをトータルでサポートできる家族信託がお勧めです。

アパートを家族に信託をしておくことで、生前のアパート管理から1次相続後の配偶者の医療費・介護費・生活費の確保、子々孫々までの資産承継を計画的に進めることが出来ます。

当事務所は、
①円満相続については効率よい手続
②疎遠・複雑な相続については出来る限りの対処療法
③資産の凍結を防ぎたい・相続トラブルを予防したいご家族には家族信託・遺言・生前贈与などの生前対策
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